アバディーン珍道中記 2003年 7月27日(日)

アバディーンの猫

 8:00 朝食。昨日と同じ物を今日は一人で食べた。他の人はフレークに牛乳をかけて食べていた。ご主人に「何時までこのホテルに居れるのか?」と聞くと、「10:30」との事だった。コインをいくつか入れて日本の妻に電話した。「Kさんという日本人がいたので安心だ」と伝えると切れてしまった。

 10:30 チェック・アウト。二晩とも同じ部屋だが、利用したベッド数は述べ3つである。£60。奥さんに日本から持参した扇子をあげた。さらにチップとして£10出したが彼女は受け取ってくれなかった。
 
 彼女にもこの街のジャズの事を聞いてみた。レモン・ツリーというレストランで、「日曜日は 1:00からランチのジャズ・ライブをやっている」と教えてくれた。
 
 これから向かうホテルの事を彼女に説明するとそのホテルの名前を知っていた。そして、ホテルに電話してくれたが、留守電になっていた。「もし、今日のホテルに泊まれなかったらもう一度ココに泊めて貰えないだろうか?」と尋ねると、満室のようで困っていたがOKしてくれた。内心、このままココに泊まりたかったが、例え満室でも彼女に相談すれば他のホテルも紹介してくれるだろう。ご主人は水泳に出かけたらしい。「よろしく伝えてくれ」と言って、トランクをガラガラ引いて街に出た。
 
 道は知っているので簡単にホテルに着いたが、やはり誰も居ない。日本でEメールで2件のホテルの予約を取っているのに、今朝までのホテルは難なく泊まれて、こちらのホテルはこの状態である。
 
 隣の熱帯魚屋さんに入って状況を説明するとホテルに電話してくれたが、留守電のままである。この店は母と息子でやっているのだろう。息子は「娘は何歳だ、一緒に飲みたい」と聞いてくる。ナンパする気か?でも16歳だと言うとがっかりしたようだった。2人とも親切に、「荷物を預かってやるから観光に行って来い」と言ってくれた。今晩は今朝までのホテルに泊まればよいと思い。荷物を預けて大丈夫なのか?心配だったがランチ・ジャズと言うのも気になったので、お二人のお言葉に甘えることにした。「レモン・ツリーに行きたい」と聞くとここの直ぐ近くだった。

 11:45 レモン・ツリー着。外で15分待たされた。中からリハーサルの音が聞こえる。枯葉とブルーへヴンだった。間違いなくジャズである。

 12:00 開店一番客だ。12:30から1stステージ、1:30から2ndステージ各30分ステージだった。ウエイターに「何処に座っても良いのか」と尋ねると「好きな所にどうぞ」と答えたのでステージ前のど真ん中に陣取った。
 
 システムが解らないのでとりあえず、何もしないで様子を見た。暫く待つとウエイトレスが来て注文を聞きに来た。ウエイトレスは仕事なので微笑みながら話し掛けてくるので、孤独な旅行者にはとても安らぐ。彼女の口からミントの良い香りがした。街ですれ違う人は男も女も香水の匂いがする。香料の好きな街だ。
 
 「お勧めの料理があるのか」と尋ねると黒板に書かれたメニューに案内された。しかし、料理の内容が良く解らない。寒かったので「熱いスープはあるか?」と尋ねるとバナナ何とかというスープを指差した。バナナのスープ?「甘いのか?」と聞くと、甘くないらしい。それに挑戦することにした。更に魚料理が食べたかったので、尋ねると「スモークサーモンがある」と言うので、それにした。 
 スープはバナナ味のクリームスープだった。確かに甘くないが、量が多すぎる。餅の様に歯ごたえのあるパンも付いていた。少し残してしまった。スモーク・サーモンは同じようなパンの上に大量のクリーム・チーズが塗ってあり、その上に厚く切ったサーモンがのっていた。しかもそれが2つ。細く小さいネギが添えてあった。このネギは美味かった。
 
 一つ食べて一つ残していると、さっきのウエイトレスが「もう下げても良いか?」と聞きに来た。「NO」と答えると彼女はムスッとした顔をした。結局食べられなかったので、この時下げて貰っていればその顔を見ることはなかったのに。別のウエイトレスが下げに来たのでコーヒーを頼んだ。
 
 昨日のホテルといいこのレストランといいコーヒーがまずい。さらにここはクーラーが効き過ぎていて寒かった。冷えたのでトイレに何回も行った。ココのトイレは面白い。横長で素麺流しのようで、5〜6人が一度に出来る。しかし、下手の人には全員の小便が流れていく。

 さて、初めて聞くアバディーン・ジャズ。リーダーはドラムスBill Kemp、70歳前ぐらいだと思う。年輪を感じさせる渋さがあるが、右足が非常に弱くほとんど聞こえない。ハイ・ハットの踏み方も弱い。意識してそうしているのだろか?ベースも同年代で大阪のベーシストF氏にそっくりのきれいに輝く頭である。閉じた口がずーっと動いている。口の動きは面白いがまったくスウィングしない。ピアノは60歳前ぐらいだろうか?右手は良く動くのに左手がなんとも寂しい。ギターはジェシー・ヴァン・ルーラーに音も年齢層も外見も良く似ている。カルテットとしてはいかにもヨーロッパのジャズと言った感じだ。低音とブルース・フィーリングが弱い。ビリーズ・バウンス、枯葉、ブルー・ヘブン、ソー・ホワット、ステラ・バイ・スター・ライト、ブルー・ゼットetc。

 この店のスケジュールを見ると、あらゆるジャンルの音楽がある。後のテーブルには黒人のおばあちゃんが、隣のテーブルには白人のおじいちゃんが、一人の老人が多い。後方のテーブルにはグループの客が多い。毎週日曜はランチ・タイムにチャージ無料でジャズをやっているようだ。若い人が熱心に聞いている姿がまったく見られないのは寂しいが、ベビーカーを押して入って来る人はたくさんいる。無料で気軽にジャズを楽しめるランチ・システムは日本では出会った事が無い。

  14:00 熱帯魚親子の店に戻るがホテルは相変わらず人気がない。もう一度電話してくれたが同じ事である。もう諦めて今朝のホテルに戻ろうと思っていたら、お母さんの方が「もう一軒隣のホテルに掛け合ってあげる」と言う。折角だからご好意に甘えて付いて行く。
 
 大きなお腹の怖そうなおじさんが出てきた。彼女が状況を説明してくれると、泊めてくれる事になった。案内された部屋はツインベッドだった。このビール腹のオジサン一人でやっているのだろうか?そんな感じである。明日になるとバス付きの部屋に移してくれる事になった。昨日のホテルも共同のバス・トイレだったが、夫婦ともに40歳代で部屋も庭も綺麗かったので、そちらに戻りたくなったがもう遅い。
 
 この部屋には電気が流れていないようだ。テレビも照明も付かない。これはまずいと思いビール腹に言いに行くと配電盤のスイッチを入れてくれたのだろう、テレビがついた。このホテルには黒い老犬が居る。
 
 ホテルの名も料金も解らない。娘にもホテルの変更を告げなければならない。今日娘はO先生に会っているはずだ。Kさんは親切にしてくれているだろうか?明日会いに行ってみよう。熱帯魚屋のお母さんに例の扇子をあげた。残るは一つだ。ここは暖房が入っている。昨日のホテルもここもトイレに行く時でもカギを持っていかないと部屋に入れなくってしまう。

 近所には猫がうろうろしている。(↑photo)

 19:00 夕食を求めて街に出る。レストランよりバーの方が多い。イタリアのレストランLA. Lombardaに入る。ビストロとか言うやつだ。店内に入るとウエイトレスが席へ案内してくれ、飲み物を聞くので思わず「ビール!」と言ってしまった。半年以上アルコールは辞めていたのに注文してしまった。遠く離れた異国で孤独だ。まあ良いだろう。
 
 ご飯類を食べたかったので、カレーかピラフのような物が欲しかったが、無いようだった。パスタのシーフード・カルボナーラを注文した。料理がくるまで、テーブルに置いてあった太長いプリッツを食べた。日本の乾パンのような味だ。やがて届いたパスタに別のウエイトレスがコショウとチーズをふり掛けにやって来た。海老やアサリは冷凍食品のようだが美味かった。隣の老夫婦はパスタとシチューのような物を食べていたがほとんど残していた。
 
 ワインの棚にジェームス・ブラウンのような人形があるので「あの黒人の人形は誰だ?」と尋ねると、やはり、ジェームス・ブラウンだった。ここはニューヨークで入ったビストロに良く似ている。ここも天井に木の車輪を鎖で繋いで吊っている。
 
 ビールが空になると直ぐにウエイトレスが来た。今度は赤ワインを注文した。店内はほぼ満員で三人のウエイトレスは忙しそうに良く働いている。ジョン・スタッブルフィールドの真似をして、料理を誉めたり、お礼を言ったりすると彼女達はニコニコして対応してくれる。その笑顔につられて、今度はカプチーノを注文した。クリームの上にコーヒーのような物でハートの絵が描いてあった。

 半年振りのアルコールで酔ってしまった。お勘定£15,44、帰りにコンビニで飲み物を買って部屋に戻った。

遠く離れた異国で予約しておいたホテルが誰もいなかったのです。
でも、親切な人のお陰で新しいホテルに泊まることができました。
初めてのジャズ道場破りも果たしました。
明日は娘に会いに一人で歩いてヒルトン・キャンパスに向かいます。
さて、娘に会えるのでしょうか?

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