アバディーン珍道中記2003年 8月10日(日)
6:00 寝苦しいので目がさめると娘がベッドのど真ん中で、私が半分落ちそうになって寝ていたのだった。娘の部屋の二つのベッドは誰も寝ないままだった。
8:00 朝食。なぜかサンドラさんが居ない。Mr.が変わりに朝食を作ってくれた。目玉焼き2つ、ベーコン、ソーセージ、マッシュルーム、トマト、豆・・・・朝食のフルコースだった。何故奥さんがいないのか尋ねたが早口でよく判らなかった。あまり深く聞いても悪いかと思い、追求しなかった。最後の朝に彼女に会えないのは残念だった。
荷物を彼の車に積み込み空港に向かった。途中の街や建物を説明してくれた。ここのスピード取締カメラは大きく一目でわかる。空港に近づいたら、また彼はトム・ジョーンズのグリーン・グラスを歌い始めた。一緒に呑んだ楽しい思い出の曲だ。
空港に到着しケン爺とアバディーンに最後の別れをした。また会おうと約束したが実現するかどうか?
空港内の売店でアバディーンのお金をきれいに使い切った。ここは三種類の銀行が独自の札を発行しており、その内二種類はアバディーン以外ではUK内でも使えない。もちろん、日本に持ち帰っても両替できない。共通しているのはUK£だけだ。娘の方がお金の計算が速い。ここが入国の際に不安な思いをした同じ空港だとは思えない。初めて見た白夜のアバディーンは冷たい印象の町だった。日本のサイガ・バレエの人たちも一緒だった。
12:00 飛行機は一時間ほど送れてアバディーンを離陸した。
14:35 (アバディーン時間13:35) アムステルダム着。娘が空腹だと言うが先に乗り継ぎの便を確認しておこうとそちらのゲートに向かい、着いたら係員が「OSAKA」と呼んでいた。そのままゲート・インしたが誰もいない。飛行機への入り口が閉まっている。さっきの係員に開けて貰って飛行機の中に入ると日本人がぎっしり座っている。誰も居ないはずだ、もう皆、飛行機の中で我々を待っていたのだ。でも最後ではなかった。機内放送で「まだ到着待ちの乗客がいるのでもう暫くお待ちください」と言っている。食事せずにこちらへ急いでよかった。乗り継ぎの際はとりあえず真っ先に、そのゲートへ行って便を確認すること。
機内食で煮魚とご飯が出たのには驚き、嬉しかった。来る時とは違い日本人だらけで、しかもこの便は関空着。関西弁でオランダの美人のスチュアーデスと格闘しているおっちゃんとおばちゃんは凄かった。
関空に到着すると11日になっていた。UK£を円に両替したが、アムステルダムで使えなったユーロを両替するのを忘れた。ユーロなら使い道もあるし普通の銀行で両替も出来るだろう。
空港バスで西宮に向かった。
アバディーン空港で久しぶりに数人の日本人に会い、アムステルダム発の機内では大量の関西弁に会い、関空の空港バス停留所では西宮に向かう人たちに会い、だんだん地元の人に近づいてきた。
西宮北口からタクシーをひろい我が家に到着した。
寒いアバディーンの夏から熱い日本の夏に戻り、汗が噴出した。
−終わり−
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